「夕焼けになる前にお迎えにきてね。」
朝、Katzの車に乗って保育園に行く前に、子ども達は必ずそういうようになった。6月の夏至に向かって、夕焼けは確実に遅い時間になっているのだから、彼らの待ち時間も長くなる一方。でも、時計の読めない彼らには、夕焼けが唯一の目安。「そうだね、夕焼けの前にね。」そういって送り出すけれど、夕焼けが阿寒の山の向こうに消えそうになってから行くことも多い。
今日は朝から雨の弟子屈。夕焼けは見えないからどうするんだろうな。
今はお店の前にもほとんどほとんど人通りがなくて、冷たい雨が降っている。よし、今日は早く店じまいしてお迎えにいくとするか。
毎日のことなのに、お迎えというのはプレゼントの箱を開けるときみたいにワクワクする。ちなみに、放課後、児童館という場所に通っている娘に限っては「お迎えは5時15分、5時15分だからね!それより早くても遅くても駄目だからね!」文字を覚えたり時計を読めるようになることと引き換えに、詩的ないいまわしを失ってゆく彼女もまた、何年か前は小さな詩人であった。
お空の雲が「ワタアメ」から「スイジョウキ」に変わったのはいつだったかなあ。そんなことを考えていたら、今日もお迎えが遅くなってしまった。 あや
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