カーリー寺院を後にした私達は、手を繋いでもと来た道をメトロ乗り場目指して歩いた。日本人の子供が珍しいのか、母子2人というのが珍しいのか、沿道のインド人達が私達を見ていた。彼らは決まって「この子はあなたの息子か?(Your son?とかYour Baby?)」と聞いた。私はそのたびに「違う、娘よ」と答えた。彼らは驚いた表情でMを見下ろし、それから決まって彼女の顎を撫でた。Mは最後までそうされるのを拒み、あからさまに早足でその場を立ち去るのだった。私がいくら、「子供だから可愛くってそうしているんだよ」と言ってもそうされることを嫌がった。
そんな風にしてMが足早に逃げ出したとき、後ろの方から1人のインド人女性が走り寄って来た。そしてMに近づきその手を握ったかと思うと、そのまま何処かへ走り抜けて行った。私がMに追いついた時、彼女は呆然として立ち尽くしていた。そして私の顔を見ながら恐る恐る左の手のひらをゆっくりと開いて見せた。
その手には数粒の木の実が並んでいた。一瞬Mの目が大きく輝き、人ごみの中にさっきの女性の姿を探した。けれどもうどこにも彼女の姿は無く、大勢のインド人達が私達の成り行きを見つめていた。
「母ちゃん・・・」
Mがそう言って少し笑った。それから周りに居たインド人達も首を傾げてあの独特の相槌でMに微笑んでいた。まるで(いいんだよ)、と言っているみたいに。Mは木の実をポケットにしまい、それからまた私達は歩き出したけれど、彼女が手を繋がないで初めて自分で歩き出したことに、私は気が付いていた。
旅の間Mの心と体の支えとなったBカフェのミックスフルーツラッシー♪
メトロ乗り場に向う途中、寺院で会った日本人男子学生と一緒になった。彼はデリーで出会って旅を続けているという中国人の女学生と一緒で、2人はお互いを突っつきあったり茶化しあったりしながら歩き、見ていて微笑ましくもあり、ちょっと甘酸っぱ過ぎることもあり、私達母娘はちょっと後ろから彼らを眺めながら歩いた。
「どうしてインドに来たんですかあ?」
振り向きながら彼が聞くので「どうしてか分からないけど、チケットを買ったのう!」
と聞こえるように大きな声で答えた。彼が隣の中国人の女の子に、私の答えを英語で説明してから今度は女の子が
「そういうことって普通なんですかあ?」
と英語で聞いてきたので、「知らないよう!」
とまた大声で答えた。ややこしいので彼らと一緒に歩き、メトロに乗るまで色々な事を話した。彼らは2人とも大学生で、この春卒業を控えていると言う。女学生の方はもう就職が決まっていて、冬休みを利用して一人で卒業旅行にインドに来た、と言うことだった。男子学生の方も大学の4回生なのだけれど、どうしても社会人になる前に海外旅行がしてみたいと思い立ち、これが初めての海外初めてのインド、という話だった。
「親に6ヶ月猶予くれって頭下げたんです。それで、インド3ヶ月旅して、それから日本帰って卒業式済ませたらまた3ヶ月どっか旅して、そしたら7月くらいから親の知り合いの所に就職できることになってて、それまでの猶予です。彼女も待ってるし。」
「へえ、でも旅してるうちにもっと行って見たくなったらどうするの?」
「それ、無理です。だって旅費も出してもらってるし、7月には就職するからって約束で」
「まさか、彼女と帰ったら結婚する約束までしてるとかあ?」
「ほえ!そうなんだね。でも、幸せだね。」
なになになになに!?と、中国人の女学生が日本語の会話についていけなくてヤキモキして入って来たけれど、私はそれを説明していいものかどうか分からなかったので、後のことは彼に委ねた。話がどのように訳されたのかは分からないけれど、二人は付いたり離れたりしながら通りを弾けるように歩いていた。2人の後姿を見ながらこういうのを、「青春」って呼ぶんだろうなあ・・・と思いつつ、英語で青春って何て言うんだろう・・そんな事を考えていた。Mは先ほどの木の実を取り出しては眺めたりしまったりしていた。
突然、小さな女の子がやってきて「Money,Money」とMに手を差し出した。「母ちゃん、お金ある?」私は財布の中身をさらいながら男子学生に「メトロ料金っていくらだったっけ?」と尋ねた。
「あげないほうがいいですよ、奴ら一回あげたらしつこくついて来ますよ。」
「無い時にはあげないし、そう言うから大丈夫」
「日本人金持ってるって思うから、あげないほうがいいですよ」
「だって持ってるじゃない、少なくとも彼らよりは持ってるじゃない」
「僕、貧乏旅行なんでセーブしてるんです」
「貧乏な人は旅行できないよ」
「そうっすけど・・・」
私はMに5ルピーを手渡した。彼女は恥ずかしそうに女の子に手渡した。私は1枚だけ写真を撮らせてとお願いしてから、その後女の子とMにキャンディーを与えた。Mはすぐにそれを口に放り込み、女の子はポケットにしまった。
「奴ら組織ぐるみで、金集めたりとかしてるみたいっすよ」
歩きながら彼はそういった。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だけど貧しいことには違いはないよね」
彼は苦笑いしていた。
「たった1ヶ月くらいの旅でこの国に慣れ、その国の人を「奴ら」と呼ぶようなことにはなりたくないの」
そのコトバを飲み込んだまま、私達は混雑したメトロで彼らと離れ離れになった。下車するのは同じPark Streetだったけれど、その後彼らと会うことは無かった。
その日の午後は、宿の近くにあるインド博物館に行ってみた。インドで一番古くて、アジアで一番大きな博物館だということが、日本に帰ってきてから読んだガイドブックに書かれてあった。展示物全てに長年の埃がかぶり、学芸員さんたちはイスに座っていびきをかいている様な素敵な博物館。中でもMは恐竜のコーナーがひどく気に入った様子で、そこを何度も何度も眺めてはため息をついていた。私の心に残ったのは博物館の窓だった。だから恐竜コーナーとこの窓のある植物の種子コーナーを、私達は行ったりきたりして楽しんだ。「また恐竜?」「また窓?」「また恐竜?」「また窓?」・・・・と。
インド博物館種子コーナーの窓
コルカタに着いてから私の心を捉えて離さなかったのは、インドの家々のドアや窓。本当に色んな形や素材で出来ていて、色とりどりのペンキでベットリと塗られているのがたまらなかった。その魅力的な扉1枚1枚の先には、どんな人達が住んでいてどんな風に暮らしているんだろう?そんなことを想像しながら町を歩いているだけで1日過ごせるくらいだった。最初の頃は、私がドアや窓の写真ばかり撮るのでMに叱られたくらいだった。
「色んな扉がある」
この言葉には、コトバどうりの意味ともう一つ別な素敵な意味がある。色んな扉をどれも記憶しておきたくて本当に沢山の扉にシャッターを押したけれど、写真としては大したものは殆どなかったのが残念。
子供の頃から夢見ていた出窓にほぼ近いイメージの窓(コルカタ)
私がインディアン・ブルーと呼ぶ空色のペイントがイカすドア(バラナシ)
ドアを撮ろうとファインダー覗いたら男の子が立っていたのでパシャリ!(バラナシ)
その夜、宿に戻った私達は2日ぶりにシャワーを浴びた。もちろんお湯など出ないので冷たい水で体を洗う。まず、私がMの頭に柄杓で水をぶっ掛けた。Mは驚いて私を見たかと思うと、今度はMが私の頭に水をぶっ掛けた。私達はやられてはやり返して、とうとうびしょ濡れになって大笑いした。
「母ちゃん、こういうホテルっていいよね。何もかもぶっ壊れてる。」
そういってMはケラケラと笑った。インドに来てMが大声で笑ったのはこの時が初めてだった。インドで、Mと初めて心と心が溶け合った瞬間だった。この日の日記にはこうある。
この感じ、このキモチを一生忘れたくはない・・・
え、まだ2日目!INDIA DAY3に続く・・・・・・
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